太極拳雑感(2)我が門の太極拳と、太極図

標準

ザックリ紹介すると、我が門の太極拳を構成するのは以下の4つである。

套路、連散手、推手、站椿(※本来、椿の字は日でなくて臼)

套路については、説明の必要もないだろうということで省くが、残りについて簡単に紹介するならば、

「連散手」
以前、「99勢 双辺太極拳」の回にも書いたが、双辺太極拳では二人一組で行う対人型の稽古法の一つに、99勢の型がそのまま順番通りに技の用法が繋がっていく「連散手」というものが存在する。
しかも、それは単に99に納まらず一つの技の名前の中に3手くらい含んでいるのもあれば、同じ動作については毎回使い方が異なり、一つの技の深みが増していくようになっていたりもするのだ。

「推手」
推手については、名称は一部、明鏡拳舎式の呼び方になるが単推手、双推手4種(内圏・外圏・右双圏・左双圏)、四正推手、陰陽推手…等々、多くの推手が存在するのが特徴だ。

「站椿」
站椿は幾つかの種類があり、段階や状態によってそれぞれ細かな意識や目的を持つように求められる。

と、このような感じである。この4つの要素と言うのは、それぞれが極まっていながらお互いの関係性は密接に繋がっているのだが、それを繰り返し実感するうちに、いつしか自分は、我が門の太極拳を太極図に当てはめて考えるようになった。それは

陽=套路
陰=連散手
陰中の陽=站椿
陽中の陰=推手

と、このような感じである。

站椿と推手の二つはエッセンスと言えるものであり、そのような考え方で組み合わせを眺めていると、それぞれの関係性の中にいろんな発想が浮かんでくる。

もちろん、考え方としてはその時に何を練習しているかによって、組み合わせが入れ替わるのもありだろう。
例えば推手を行っているならば、陽に推手が当てはまるというように、メインの練習の中にも必ず他の3つの要素が存在している。推手と言っても、それをうまく成り立たせるには必ずしも聴勁だけが問題になるのではない。姿勢など構造的な問題なのか(=站椿)、手順の理解や流れの問題なのか(=套路)、相手との距離やタイミング(=連散手)の問題なのか。太極図で考えると、問題点がチェック出来るだけでなく、優先順位やちょっとした段階練習の発想のヒントなども浮かんでくるのである。

このように、連散手の存在によって我が門の太極拳は練習体系もまた、そのまま太極図に則ったかのような形でバランスよく学んでいけるように工夫されているのを、あらためて感じるわけである。

…と、いうようなことを思考の遊びのような感じでつらつらと考えていたりするので、タイトルは「我が門の太極拳」とかではなく、あくまで「太極拳雑感」なのである。

ちなみに余談であるが、自分がいろいろと書いてきたものを読んでうすうす感じていらっしゃるかもしれないが、我が門には呼吸法や気功などと言うものはほとんど出てこない。(笑)
なぜなら人間は呼吸しなければ生きられないわけで、自然呼吸をしているという事が即ち太極拳と一体となっている事である。つまり、太極拳自体が呼吸法であり気功的な要素を含んでいるのだから、分ける必要もなければ、ことさらに強調する必要もない。必要なのはむしろ、太極拳に対する理解の深さだ。

いずれその辺の事についても書こうとは思っていたのだが、切り口にはやや悩むところである。

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