99勢 双辺太極拳

標準

三拳弊習や三拳融合について書いてきたが、やはりその最も象徴であり、礎となるのが双辺太極拳であろう。
特に師祖父が体系的にまとめたバリエーション豊富な推手と、99勢全てが順番通りに連続した攻防になって用法が学ぶことが出来る連散手の存在は、我が門の宝だと言っても良い。一体どれだけの発想がこの中に込められているか。自分が習っている時も、一手一手の説明に目から鱗が落ちる思いであった。
例えば套路の中に単鞭は何度も出てくるわけだが、同じ使い方は一つとしてなく毎回用法が変わる。たった一つの動作の中にこんなにも色んな技の意味をもたせることが出来るということに感心するよりなかった。

太極拳には源流の陳式をはじめとして、楊式、呉式、その他色々あって、それらが五大流派とも六大流派とも言われている中、やはり自分が一番太極拳らしくて好きだと感じるのは、師父から習ったこの双辺太極拳だ。六大流派にも含まれないけれどその六大流派の様々なエッセンスを含み、八卦掌の螺旋や形意拳のエッセンスもまた見事に取り込んでいながら、それでも太極拳らしいと感じるのは、やはり太極拳というものを色んな意味で、とことん理解していたからであろうと思う。

なにより、師祖父によってさらに八卦掌の要素が色濃く入った太極拳は本当に美しいと思う。先程の「太極拳らしい」というのとは矛盾するようだが、自分にとってはどちらも真実だ。

また、形意拳の要素が入っている部分というと、普通は肘底看捶などをパッと思い浮かべると思うが、我が門の99勢にはさりげない動作の中にも形意拳の理合が込められている。そしてそれはいわゆる護身の意味において、力がなく、また相手を傷つけるのが出来ないような心の持ち主が、咄嗟の緊急事態にいかに身を守るか?という難問に、師祖父が導き出した答えが込められているように自分には思えるのだ。よく護身術とは言うが、それで相手を攻撃出来る心の強さを持っているものは良い。しかし、本当に護身が必要なのはそうではない人達ではなかろうか?

やや話が逸れてしまったが、そういった師祖父の人生哲学的なものがいろんなところに垣間見えるのも、この太極拳の魅力だ。

教えているとつくづく感じるが、99勢は長い。しかし長いからこそ良いのだと思う。教え始めて4年が過ぎ、ようやく99勢まで辿り着いたものがポツポツと現れ始めた。そして11月に丸5年が過ぎる頃には、おそらく10人を超えるだろう。
ほとんどがおよそ武術には縁遠かった方々で、教室は多くて月に2回のペース。しかも太極拳の知識も全くなく集まった方ばかりだった。それでも一歩一歩、積み重ねてきた。そして太極拳とともに、学ぶと言うこと自体を好きになってくれた。
自分もまたこの太極拳だからこそ自信を持って教えることが出来た。

そして、教えることを通して、ますますこの双辺太極拳が好きになった。

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