空と色、虚と実

標準

昨日の練習は、いかにも内功武術的な説明に溢れた内容であった。

教えていたのは形意拳だったが、その動作を説明するのに何故か、タイトルにもある仏教の色即是空で言う「空」と「色」。そして陰陽の「虚」と「実」について、説明をした。

その心は…

仏教の「空」と陰陽の「虚」。

「空」や「虚」は、「無」でははない。

その違いが大切なのだというお話である。

その3つの違いを知ることで動作は劇的に変わる。

内功武術の場合、大切なのは第一に正しい知識と発想である。

なぜなら、「小よく大を制す」と言葉で言うのは簡単だが、小さな力で威力や技の効果を生むことは、当たり前だが容易な事ではないからだ。

身体の構造を理解し、自然の中に存在する様々な物理法則を使いこなすことで、初めて思いもよらぬ威力や効果を発揮する事が出来る。

例えば、突きの時に「爪先で蹴らない」「通常の腕の曲げ伸ばしはしない」というような一般の格闘技では考えられない本能的な動きに逆らっているようにも見える方法を取るのも、全ては上記の理屈を使いこなす為である。

だからこそ内功武術には、正しい知識と発想の転換が求められるし、それ無くしては威力も技としての効果も得られるわけはないのだ。動作だけを真似ても、身体の構造と力の流れは整っておらず、自然界の物理法則をほとんど使いこなせてもいないのだから、それは当然だ。

「空、虚、無」自体の細かい説明はここでは省くとして、実際、生徒さんがこの三つの概念の違いを整理出来たあとは、自然と動作が整った。

「空」の説明は完全におまけであったが、「空」は「無」に似ていて遠いものであり、「虚」は時によって「無」にも「有」にも見えることから、そうした性質の違いを知ることで、より本質に近い捉え方が出来たことが生徒さんの様子からもわかる。

なにより速さと威力の性質が違う。

これぞ内功武術と言ったところか。

(厳密には、練習ではさらに太極図の「陽中の陰」「陰中の陽」にも話を繋げることで、より理解も深まっている。)

あらためて、内功武術はなぜそうした概念を正しく理解することが重要なのかというと、動作や技の微妙な感覚は、そうした演繹法的な表現や概念、またはそれに特化した練習法によってしか伝え切らないことが多いからだ。

中国武術では一つ一つの動作に独特の名前がついているが、中にはそうした本質を残そうとしている名称が数多く見受けられるし、それもまた一つの演繹法的な手法だと言える。

仏教には、「拈華微笑(ねんげみしょう)」という言葉があるが、生徒さんの中にそうした概念や独特の練習法による積み重ねをどれだけ構築出来るか。

それが内功武術における「技術の継承」の核心と言えるだろう。

こうした概念を理解するには、経験も大事だし、タイミングも大事である。また、一度わかったと思っても、色んな角度から説明を聞くたびに新鮮な気持ちでより豊かなものに深まっていく、それが概念でもある。

内功武術というのは、つくづく不思議な…というか不思議に思えても理合はしっかりとあるので、つくづく変わった武術だなと思う。

だが、変わっているからこそ貴重だし、面白いのだ。

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