新・武術修行記 〜水戸鍛錬会〜

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宇童会を引き継ぐことを決断したのは、昨年の始めのこと。最後の総まとめとして区切りとなる今年の5月まではメールの返信の中での指導なども含めて宇童会にこそ全精力を注いできた状態だったが、その間にも自身にとって大事な出来事が幾つか存在する。

まずは「水戸の鍛錬会」での自身初の試し斬りがその一つである。

今回のブログの内容については、なにしろ去年の出来事であるし、タイトルもどうつけたものかと悩んだのだが、ふと「新・武術修行記」という文字が浮かんだ。そうだ、これは今の自分の心境にぴったりだ!

水戸鍛錬会の様子は以前にフェイスブックにも簡単にアップしたのであるが、修行記として改めてその時のとこを振り返ってみたい。

きっかけは、雑誌「秘伝」などにも時々登場されている祖父江さん(「先生」とお呼びしたいところですが、そう呼ばれるのを嫌っていらっしゃるのであえてこう書かせていただいてます)から、以前からの知り合いという事もあってお声掛けいただきこの貴重な機会を得たわけであるが、これで何よりありがたかったことは「はたして自分は古流の剣術の学んだこともあったし、今もまた中国武術の刀や剣も行うが、果たして自分の太刀筋は実際に物が斬れるものであるのか?」その疑問を検証する良い機会をいただくことが出来たことである。

結果として、幸いにも普段練習しながらイメージしていた刃筋は実際においても通っていたいたようで、思いの外スンナリと斬ることは出来た。ただその中で最初に感じたのは、自分が想定していた一刀流剣術の振り方と斬った時の距離感には若干のズレがあったこと。そうした気づきも実際に体験してみればこそだ。その距離感のズレは比較的すぐに調整出来たし、定着させるには少し時間を必要とするだろうが、少なくとも自分が習い教えているものは、すぐに斬るに堪えるものであったという検証を得たことは、やはり今後の指導にも繋がっていくだろう。

ところで、自分にとっての今回のテーマは単に刀でモノを斬ってみるというのではなく、あくまで「普段の動きそのままで斬れるかどうか?」の検証であった。

古流剣術の動きでは、素振りでも常々「空気を斬る」ということが大事なポイントであったし、それが出来た時と出来ない時では明確な違いがあるのでそれなりにいけるのではというか予感も持っていた。

だが、中国武術式の斬り方…というより中国武術式の身体遣いで、重い刀を片手で受けの動作から斬りこむといった一連の繋がるような動作の中で、どの程度しっかりと斬ることが出来るのかというのは、自分の中で是非とも検証しておきたいことでもあった。

その時の様子が以下の動画である。

刃筋を立てるということのイメージが、自分の中で間違っていなかったことは、これで確信を持つことが出来た。

また、この時別に撮ったもう一つの動画は古流剣術のスタイルのものだが、祖父江さんから「実際に相手の攻撃を受けてから斬るというのは格段に難度が上がる」と教えをいただき行った時のものである。

祖父江さんの裂帛の気合いに力を導き出された形で咄嗟に出た技は、受けた後の短い距離での逆袈裟斬りという難しいものであったが、自分でも渾身の一斬を経験する事が出来た。

余談ながら、このときの自分を客観的に見ると、古流剣術の構えを取りながらもかなり形意拳のエッセンスが構えに入り込んでいるのがわかる。
そして行っている技の流れとしては、八卦掌の刀術にある単換刀に近く、短い距離での斬撃は形意拳の発勁に近い。

普段の練習ではむしろ三拳を明確に分けて練習するし、組み合わせる練習などする事もないが、しかし咄嗟の時にはそれぞれの要素が自然と発揮されていたというのは実に面白い経験であったし、この経験はきっと今後大きく生きて来るだろうと思うのである。

こうして成長の機会をいただいた祖父江さんには、深く感謝申し上げます。
 

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