ある日の練習の後に

標準

心から「この門の武術で良かった」と思う瞬間がある。昨日の拝師弟子練習はまさにそのような時間であった。

拝師弟子練習は、基本的にマンツーマンで教わる事がほとんどだ。それを師父と何年にも渡って続けてきた。

今では、話の内容も、練習の内容も、毎度の事ながら本当に濃密で味わい深いものだが、不思議と教わることに「尽きる」ということがない。

三拳弊習だから覚える事も多いということもあるが、だからと言って、ただ単に3つの拳法の套路をどんどん覚えていく、というのともおよそ訳が違う。
進んで行くにしたがって三拳が密接に繋がりあい、スパイラルに高さと深みが増していく感じなのだ。

しかし、今回の感動とも感謝ともつかぬ気持ちが湧き上がるのは、そういった技術的な話によってではない。もっと根本的なこの門の武術についての話だ。

套路の中に感じる師祖父の人生哲学のようなものについては、以前にも話題にした事があるが、今回の学びによって、武術がこんなにも昇華された形でなお、武術として受け継がれてきていることに深い感銘を受けたというところであろう。そう、これこそが師祖父の武術だったのだ!

だからこそ、ここまで誇りを持って迷わずに教えることが出来た。そしてこれからは、師祖父と師父に連なる自分の武術を、より決意と心を込めて伝えていかなければならない。

今日の内容を、いつの日か、自分の後に続く者に。

そんな想いが心の中に渦巻くような、感慨深い一日であった。

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