「回想」~オンブラ・マイ・フより~

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夜、目が覚めて、ふと回想する。

今日で弟子が亡くなってから5ヶ月だ。葉桜の頃から、季節はようやくこれから紅葉を迎えようとしている。そんなまだ半年も経っていないのに、遠い昔のようにも感じるし、ついこの間の事のようにも感じる。

亡くなってしばらくは、常に練習場所には花が飾ってあった。ポカンと空いたその場所に、そこに弟子がいるかのように。写真は、その時のものだ。

弟子が亡くなった日は、ちょうど宇童会の合宿の日でもあった。

自分の生徒さんの中にクラシックギターのプロのギタリストさんがいるのだが、皆で弟子を偲びながら、生前、弟子とメールである曲についてやり取りをしたと教えてくれた。

そして、十弦ギターの優しく暖かい音色で弾いてくれたのが、この曲だった。

弟子のメールには、こんなことが書かれてあった。

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「ヘンデルのあの曲はオンブラ・マイ・フ、または、ラルゴ、でしたね。(^_^;)

歌詞はこんなふうですって。

こんな木陰は
今まで決してなかった
緑の木陰
親しく、
そして愛らしい、
よりやさしい木陰は

中央公園の練習場所のテーマ曲?!みたい(笑)。」

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中央公園とは、もちろん写真の場所であり、「葉桜 ~最初の弟子のこと~」に書いた、弟子が守ってくれた練習場所のことでもある。

弟子が、普段からいかにその場所を、皆が集まって練習するその空間を大切に思っていたかが、その文章から伝わってくるようだ。

花を乗せた置き石は、自分達が土の山だと思っていたものの中に埋もれていたもので、有志で綺麗に掃除をした時に出てきたものだった。

それで、そこが元は紡績会社の庭で、岩の配置も計算された美しい庭園だった事がわかったのである。岩には「太郎 吉日」の文字が彫られていた。

そうした人の心を汲む事が出来る弟子であった。だからこそ、特にこの場所を好きだと感じていたのかもしれない。

合宿にしてもそうだった。まるで、皆が集まりやすいように、師である自分に何度も愛知まで足を運ばせて迷惑をかけないようにと、ひっそりとその日まで頑張って生き抜くことを目標にしていたような気がしてならないのだ。

その証に、葬儀は合宿に全く影響することなくスムーズに行われ、むしろ合宿には本当に多くの生徒が集まってくれた。そして、合宿には急遽師父まで参加なさってくれ、初めて皆に師父を紹介し、師父の演武まで直接見せる事が出来た。

偶然と言えば、たんなる偶然の結果とも言える。

だが、自分がそこに弟子の密やかな戦いの姿をみるのは、なにより、結果のあちらこちらにいかにも弟子らしい気持ちが、心が感じられるからだ。

そこに偶然はない。

弟子が大切にし、守ったものを、自分もまた大切に守り伝えねばならない。

弟子に感謝を込めて。

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