成長 ~ 日記より(1)~

標準

今回のテーマは「成長」。

これを語るには、昨年・2013年10月15日にmixiに、一枚の写真と共にアップした「友人まで限定」の日記を、あらためて紹介しなければならないだろう。
既に読んだことのある方には繰り返しになって申し訳ない感じだが、以下、mixiの日記からの引用である。

◆タイトル:「最初の生徒」

病室に飾られた写真。
肝臓癌の手術からわずか19日後に撮影されたものだ。
それも今年3回目の手術だ。

2013年4月7日

腸閉塞で緊急入院。即、手術だった。この時、大腸癌が発見される。

その二日後にこんなメールが届く。

「今、上歩打擠までを何度も、そして第一十字手まで二回通しました。
点滴のチューブもあるので、無駄な動きができないわけですが、
無駄のない動きって実にこういうことかなと、思うところがありました。」

手術して間もない身体。しかも癌ということを知っての、メールだった。

4月※日

検査をしては、その結果を一つ一つ受けとめなければならない日々。
肝臓、膀胱…大腸も含めて、癌は3か所で見つかった。
それも、肝臓だけで癌は6個所に転移していた。

4月13日

お見舞いにいき、病室でやっていたという太極拳を見せてもらう。

その時の感想を、のちに、会員向けのメールにこう記している。

「日曜日の午後、お見舞い&個人レッスンでH.Kさんの病室に伺った時、外の光が射す白い壁の部屋の中で、H.Kさんの太極拳を見せていただきました。一切の無駄のとれた、素直で、美しい太極拳でした。点滴のチューブを付けながら、手術したばかりの身体で、自分の身体を感じながら丁寧に丁寧にこの太極拳を打っているH.Kさんの姿が目に浮かぶようでした。それは、第二の站椿を形をとりながら、小さな歩幅で行う、動きの少ない太極拳でしたが、真面目に地味な站椿をする事からはじまり、僕が教えた通り真摯に意識して感じながら行っている姿が、H.Kさんが積み重ねてきたもの全てが、そこに見えた気がしました。套路は嘘をつきません。僕は、こんなに尊い太極拳を見たことはありませんでした。」

4月22日

抗がん剤を入れる為のポートを埋め込む手術。抗がん剤治療が始まった。

4月25日

いったん退院。

4月27日

宇童会に参加。
疲れたら身体を休められるようにクッションなどを持ち込んでの参加だった。
皆の前で、病院で練っていた套路を披露してもらう。
何人もの人が、涙を流しながら、その套路を見ていた。

※月※日

抗がん剤の影響で、会うたびに、指や爪が黒ずんでいく。
そのうち舌や唇まで黒ずんでいるのがはっきりわかった。
手先の痺れや痛み、味覚の変化、これがH.Kさんの戦いなのだ。

抗がん剤と分子標的薬を2週間おきに4クール。
その間に、まず肝臓の癌を取り除き、その後、大腸と膀胱の手術をやることに決まった。

7月8日

肝臓の手術。
7時間を予定していた大手術だったが、結局手術は10時間に及んだ。
普通、肝臓に3か所以上癌がある場合は、手術はできないという。
6か所の転移だったが、それでも手術を行い、そして手術は成功した。
「生きてます。」それが、翌日手術後にもらったメールの第一声だった。
肝臓の手術は出血が多く難しい上に、身体への負担も大きく、
術後7日間は食事が出来ない。身体には大きくL字に、手術の痕があるという。
「声が全く出せなくて驚きであった。寒気で体がガタガタ震えていた。」それが手術後の状態だったそうだ。

7月19日

H.Kさんが初めてこの太極拳に触れてから、満4年が病院のベッドの上で過ぎていく。

7月27日

午前中にいったん退院。
そして、午後からの宇童会に参加。
大手術からわずか19日。
声もまだかすれてまともに出ない、そんな状態であったが、
写真はこの時に【撮影】されたものだ。

8月※日

抗がん剤の治療が再び始まる。
8月の後半になって、首の右側が異様に腫れてきている。
心配な日々が続く。

9月21日

首の腫れは一時、尋常ではない大きさにまで膨れ上がっていたが、やや収まりつつあったと思っていたところ、病院から連絡が入り緊急入院。首の腫れは血栓が原因だった。それも、太さ4.5センチ(ミリではない)の血栓が、耳の下から鎖骨あたりのポートが埋めてある近くまで、静脈の中にびっしりだという。

なぜそれで「生きていられた」のか?
それは、静脈の周りの毛細血管が自然に血液を運ぶルートを作って、バイパスの役割を果たしていたとのこと。
会う医師や看護婦たちが、口々に「本当に良く生きてたね」と不思議そうな目でH.Kさんを見るという。

10月4日

血栓の太さは2.5センチまで小さくなる。

10月10日

ポートを外す手術。今年、4度目の手術である。

そして…
現在もまだ医師が曰く「「血栓はまだ危険、飛んだら即5分で命はないだろう。」という状況。
今月の終わり頃か、来月の頭には大腸と膀胱の癌を取り除く手術がある。

朝、起きると「生きていてよかった」とまず思うと言う。
血栓が飛ぶのは起きて動いている時とは限らないから。

これが、僕の初めての生徒の戦いである。
そしてこれは、僕にとっても戦いなのだ。

師と弟子は共に戦うものだ。

自分は、弟子をとる立場にはないけれど、一人の人間としてこう思うのだ。

「弟子よ、勝て!」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA