成長 ~ 日記より(2)~

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mixiに書いた日記の続きである。
日付は 2013年11月12日 になっている。

◆最初の生徒 経過報告

僕の最初の生徒は、女性でかつ体格に
も恵まれておらず、
この武術に出会った年齢は遅いし、まともな運動経験も特別な運動神経もない。

…しかし、それ以外には何でも持っている生徒であると思う。

真摯に学ぼうとする気持ち、練習をしみじみと味わいながら愉しむ心、
そして、僕の弟子には不可欠な「健全なる武術オタク」としての探求心もある。

そして僕にはない、しっかりとした東洋医学の知識も経験も豊富に持っている。
困っている人のために働き、サポートをしてきた実績と正義感も持っている。

絶望的とすら思えた病気の状況に真正面から向き合い、闘う勇気も持っている。
手術後、わずか二日後に太極拳を行う透徹した、澄んだ心ももっている。

そんな素晴らしい生徒を最初に持つことが出来た僕は、先生として幸せだと思う。

ここからは報告になる。僕にとっても心の底から嬉しい報告だ。

11月6日に今年5度目の手術があった。奇しくもこの日は、H・Kさんの父親の命日でもあった。
午前11時30分に手術が始まった。終わったのは午後の10時。実に10時間半にも及ぶ手術であった。

何でもかんでも全てを書くのは控えるとして、結果としては、
膀胱は全摘出するなどいくつか大きな代償はあったが、手術は成功に終わった。

「癌はこれですべて取り除きます」それが、手術前の担当医の言葉だった。手術後の抗がん剤も行わない。
様々な根拠や説明と共に、その理由が語られる。強い言葉であった。

そして…

癌は全て取り除かれた。

手術前に、「宇童会便り」という会員向けのメールの中で、H・Kさんに向けて書いた文章がある。

「手術まであと少しです。
戦いに関してアドバイスをするならば、戦うにも勇気はいりますが、意外にも、勝つという事にも勇気がいります。
戦いも終わりが見えてくると、「ここまでやったんだから十分だ。もう勝てるだろう」とか、
いわゆる「あとは人事尽くして天命を待つのみ」とか、そういう気持ちが沸き起こってきますが、
そうではなく勝ちきる!つまり「これで完全に治る!」と意識を明確に持つ「勇気」が必要です。
後処理的な治療はあったとしても、根治的な治療はこれが最後です。
この後の抗がん剤治療ではありません。そこから先は本当はH・Kさんの身体が本来持っている免疫力だけでも十分なんです。
癌の性質とは本来そういうものです。」

担当医の上記の説明が行われたのは、まさにこの宇童会便りが送られた直後だった。

4月に癌がわかった時には、暗闇で全く先が見えないような状況だった。
わかるのはただただ、途轍もなく大変だという事だけだ。
それでも一つ一つ積み重ねていくしかないと思った。
一つ一つがまさに激戦だった。

治療を続けている間は、大変な思いをしながらも、なにか「まだ先がある」という変な安心感もあるものだ。
あまりにも暗闇が深かいと、「治った」と言われてもどこか現実味のない言葉のように聞えるというのが一般的な反応というところだろう。
むしろ、なにかしなくてもいいのだろうか?と不安に駆られるものかしれないと思う。

しかし、癌は治ったとは言え、手術自体はもう一つ残っているし、なにより血栓は以前から比べればかなり小さくなったものの、一般レベルからすればまだ、かなり大きな状態だ。小さくなるにしたがって凝固した血液がとんでしまう危険性も残っている。肝臓の手術の時に比べれば、術後の状態もだいぶ元気であるものの、生と死の間を綱渡りという状態は残っているわけで、本当の安心はもう少し先だ。

だが、4.5センチもの血栓が、鎖骨あたりから頭蓋骨の付け根あたりまでびっしり詰まってしまった状態でも、自分で血液が流れるためのバイパスを作って生きていたというものすごい奇跡までおこしたH・Kさんの身体と生命力だ。完全快復での生還を信じないで、何を信じるだろう。

ならば僕自身、伝えるべき人に伝えるべく、よりいっそう自身の武術を磨くのみである。
そして宇童会の皆の笑顔と共に、もうすぐH・Kさんを迎えることが出来るのだと、今から愉しみに思い描いている。

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