成長 ~ 近況 ~

標準

「成長」ということをテーマに日記を紹介してきたが、そこに登場するH.Kさんは最近あるサナトリウムに療養にいき、様々な出会いや経験をしてきたようだ。本人は「一人合宿」と言っていたが(笑)、サナトリウムから送られてくるメールの内容を通して、その様子が活き活きと伝わってくる。

どんな人との出会いがあり、
どんな言葉をかけられ、
その中の誰が教えを請い、
教わった人がどういう言葉を語ったか。

その一つ一つに、タイトルにある「成長」を感じずにはいられなかった。

ある外国出身の婦人は習った後にこう語ったという。
「明日、お帰りになる前にもう一度お時間をいただけませんか。今日、家に帰って練習してきます。次にお会いできるまで、間違った動きを練習しても意味がありません。正しい動きでできているか明日見ていただけないでしょうか。」

このような人を惹きつけることが出来るだけの武術がH.Kさんの中に育っているのだと、喜びの気持ちが湧き上がってくるのを感じた。

だからこそH.Kさんのことを書く為に、あえてmixiを選んで友人限定にした日記をここに紹介することで、まずは人となりを知ってもらおうと思ったのだ。

H.Kさんが家に戻ったあとに「その時の様子を日記か何かにしてまとめておくといいですよ。」とアドバイスすると、療養中にくれたメールも間に挟む形で、長い長いレポートを送ってくれた。改めてまとめて読むと真摯に積み重ねてきたものが、色んな形で結実し始めているのが文章から伝わってきて、感動さえ覚えるものであった。その全部を紹介したいところではあるが、全文は紹介しきれないので、結び近くのまとめの部分だけ抜粋して紹介したいと思う。途中、生姜や人参といった食べ物が突然出てくるのは、サナトリウムの療法と関係があるものだということをあらかじめ説明しておく。

◆サナトリウム・リポート(抜粋)

サナトリウムの10日間を通して、今、感じていること。
直観力が強くなった。“気づき”の力が前より増している。
自分の状態、つまり、武術としての動きや、感情や、身体的なことや呼吸や、自分のまわりのことや
…そういうものに気づくということが、どんなに大切なことか、どんなに自分を大切にし、そして他者を大切にすることに繋がるか、やっと実践のレベルでわかった気がする。花一輪、葉っぱの一枚がどんなに秩序を持ってそこに美しく存在しているか、そんなことを気にとめる人は少ないだろう。けれど、自然の中で立っている植物たちの姿に骨格と筋肉を感じる。それに、私は今、植物たちの力を借りて生きている。生姜も人参も林檎もキャベツも…。
よく見て、”気づき”を得られることが多くなった。
練習のとき投げかけて下さる先生の言葉も見せていただく形も、氷山の一角のようにしか理解できていなかったのではないか、しっかりと気づけていなかったのではないかと、そのように思う。
真からの“気づき“につながるときの心のあり方を学んできた、そういう気がする。そして、それは太極拳の99勢のように、いつもこの身とあるものになった。
瞑想をする人は呼吸の始まりを感じ呼吸のおしまいを見届け、それを繰り返す。私はあえてそれをする必要を感じなかった。
なぜなら、太極拳は呼吸そのもの。打てば、柔らかく深く必要な分の呼吸ができる。
私の呼吸、だから、命ある間、この太極拳を打つ。

◆(ここまで)

ついでに、先週の土日は愛知県にある宇童会という教室があったわけだが、その時にもこんな感想をいただいている。

◆7/12・13感想その3より(抜粋)

サナトリウムでの一人合宿の十日間から今回の宇童会、いろいろありすぎで、書き切れません(笑)。
どこででもいつでも豊かな時間をいただいていて、ありがたく感じております。
先生が北名古屋市の公園で套路を打っておられ、それを拝見して、教えを受けた2009年7月20日からあと数日でもうすぐ丸5年。あの初めての日に教えていただいた上歩打擠までの三手が、錆び付くどころか今なお面白いなんて、深いですね、先生の武術は。熱しやすく冷めやすい私が熱したままです。

◆(ここまで)

そして今日が、その出会いから丸5年目の日だ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA