武術修行記 ~合気道編~(2)

標準

◆砂泊先生

自分が惹かれたのは、同じ一流の先生でも例えば「剛の合気」を感じさせる塩田剛三先生の合気ではなく砂泊先生の「柔の合気」だった。

「技が効かないという事はいかに惨めか、気持ちがどん底まで落ちた状態です。それが私の一つの貴重な経験なのです。」

と語り、

「和合とはどういうことか、それには力を抜く以外にないのです。体力で相手にぶつかっては駄目なのです。そういうものを私は毎日頭の中に入れ、その心の世界を技の面で表してきました」

と仰る砂泊先生の技はいかなるものだろう?

そんな砂泊先生の技なら「本当の柔の極致は大東流だけだよ。」という佐川先生の元弟子の方の言葉もわかるのではないかと思った。もちろん、そう思うくらいなら佐川先生に直接習いに行けばよかったのだろうが、その時は佐川先生の事は良くわからなかったし、元弟子の方にも会ったのは後にも先にもその時だけだったので、その時にその発想はなかった。後に、佐川先生は国分寺のあたりで教えていて「習うにはまず手紙を手紙を出して、それを読んで気に入ってもらえた人だけ教えてもらえるらしい」という話はどこかで聞いた。ただ、そこで仮に佐川先生に習えていたら、もしかしたら明鏡拳舎はなかったかもしれないと思うと、これも縁だと思う。

熊本に着くと、路面電車に乗って手取神社(手取天満宮)へと向かう。その隣に砂泊先生の道場はあった。迎えてくださったのは内弟子の浜田先生だった。当時、砂泊先生は足を患っており、練習は浜田先生が取り仕切っていた。挨拶の後、浜田先生が連れて行ってくださったのは砂泊先生のご自宅で、素朴な美しさをもった品のある奥様と共に砂泊先生が迎えてくれた。家も貸家とのことで質素なたたずまいであったが、そんな中、砂泊先生は自分がわざわざ東京から訪ねてきてくれたということで大変に喜んでくださって、夕飯もご一緒させていただいた。
名もないただの一介の学生をこんな風に迎えてくださることに感激しつつ、奥様の手料理を味わいながら、普段自分が技について疑問に思っていることや、先生の技がどういうものなのかという質問をいくつかさせていただいた。そんな中、スッと砂泊先生が腕を差し出した。そして「押してみてください」という。

「いよいよ、合気とはどういうものか経験することが出来るのだ。」
そんな思いが、瞬間、頭をよぎった。

胸がドキドキするのを抑えながら、先生の手首を握って押そうとした…が、先生の腕を掴んだ途端に、なぜか全く力が入る気がしない。それでもしっかり先生の手首をぎゅっと握って思いっきり押してみようとするのだが、砂泊先生は全く力を入れている様子がないのに、腕も身体もびくともしないのだ。不思議がる自分に、これが力を抜くという事だと、相手と結ぶという事なのだ教えてくれた。
確かにそれだけでもすごいと思ったが、投げられたりしたわけでも、なにか技をかけられたりしたわけでもないので、本当の砂泊先生の合気の凄さを知るのは、まだ先のことだった。

そして、砂泊先生は足の関係でまだ稽古を見ることは出来ないが、もし、浜田先生について練習に参加してみたいのならば、参加しても良いとのお許しをいただいたところでその日はそれで終わった。
適当なビジネスホテルにでも泊まろうと思っていたところ、砂泊先生が浜田先生を通して泊まるところも手配してくださって、何から何までありがたくお世話になってしまったのであるが、この日は熊本まで来たという興奮と、砂泊先生にお会いできた興奮とに包まれながら眠りについたのであった。

次の日。午前中に浜田先生が迎えに来てくださって、今後どうするかの詳しい話し合いをおこない、2週間ほど稽古に参加させてもらう事にした。練習は、早朝、午前中、夕方の三回。各一時間ずつ。道場に寝泊まりしても良いという事だったので、そのようにお願いして、いよいよ合気道の修行が始まったのである。

次回へ続く。

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