武術修行記 ~番外編~(2)

標準

友人に紹介してもらい、初めて体験した中国武術は、実に面白く感じた。
套路というアプローチにはあらためてなるほどと思ったし、だからこそ最初の二年は夢中になって練習したものだった。

練習中は形の説明はあるものの意味的な説明はほとんど無く、ただ黙々とキツイ練功や套路を繰り返して行く。
先生にたまに技をかけてもらうと、確かな練りこまれた威力を感じたし、時に先輩が解説をしてくれると、「なるほど、先になれば詳しく教えてもらえるのか」と思ったりもした。

だが…。
確かに、中国武術を習うときのエピソードには、最初のうちはただひたすら一つのことを繰り返していたとか、先生に言われるがままにただ練習を繰り返したという話も多いが、一方で漫画「拳児」や雑誌に書かれている先生方の記事から伝わってくるものとは、何かが違っている気がした。
ある先輩は何故か自信ありげにこう言う。「10年以上やっているが、全くわからん」

仕方なく、足りない知識は、技術書や雑誌を買い漁りながら補っていった。
有名な先生が解説しているのを読んでは「ここではこんな風に詳しく習えるのだろうか?」と心のどこかで羨ましく思いながら。

だが、ある技術書を読んでいたときのこと。その作者がたいしたことがないことを、さも秘伝でもあるかのように得意気に書いているものを読んだ時、思わずバシッと本を閉じた。
「自分はなんでこんな安っぽくてくだらない本を読んでいるのか!?」

いや…ある意味「読まざるを得ない」のだ。そのくらい、わからない何かに飢えていた。
そしてふと気づく。
「自分はこうした知識をキチンと学びたいからこそ、道場に通い始めたのではなかったのか?」と。

ちょうどその時、インターネットではいろんな情報が一気に流れ始めていた。玉石混交とは言ったもので、その時はわからなかったのだが、素晴らしい先生方が書き込みをされていた時代でもあった。
そこに書かれてある体験談や内容は一修行者の立場で書かれているものが多く、雑誌で読む内容のとは違って、実に生き生きとしていた。なぜこの人たちはこんなに知識や経験を持っているのだろうと羨ましく感じた。

こうして比べるものがあると、先輩がたまに詳しく教えてくれると思っていたこととはやはり雲泥の差があったことを思い知らされる気持ちであった。

「3年かけて良師を探せ」という言葉が浮かぶ。

決して学んできた先生が悪かったというわけではない。なぜならその先生の技にも惹かれるものがあったし、だからこそ2年以上にわたって学んできた。

…だが、自分が習いたい武術はやはり違うと思った。

そうだ。今からでも自分の足で先生を探そう。
自分が習いたいと思う武術を教えてくれる先生を。

ある実践派をうたっている先生のところへも体験に行った。
たまたま大学時代の少林寺拳法の後輩もいて、しばらく通ってはみたものの、やはり違う気がした。

そんな中、インターネットで一際自分が惹かれる文章を書かれる人がいた。
この人はなんて素晴らしい知識と経験を持っているんだろう。
この内容はとても想像で書けるものではない。

藁にもすがる思いで、期待と不安に胸を膨らませながらその人にメールを送る。

それが師父だった。

師父に初めて習ったときの感動は忘れられない。
「この人は、なんと生き生きとした中国武術を教えてくれるのか!
そうだ!自分はこんな武術を習いたかったのだ!!」
そんな思いが身体中を駆け巡った。

そしてこうも思った。
「たとえ自分のことはどう思われていようと、この人こそ自分の先生だ!」
と。

あれから十数年が経つ。

今も、その基本的な思いは変わらない。
むしろ益々深みが増しているし、その武術は自分の想像を遥かに超えた素晴らしいものだった。

同時に、師父のおかげでいろんな素晴らしい先生方にお会いしたり、見事な技を見せていただいたりと見聞を広めることも出来た。

それは紆余曲折を経たからこそわかる「ありがたみ」でもあるが、今となってみれば、その彷徨っていたことも含めて、経験したこと全てが貴重な学びでもあった。
特に教える立場になってみると、その経験が更に活きているのを感じる。

「この武術に出会えて良かった!」

そう言い切る事に、何の迷いもない。

その上で、戦いの中でお互いに学ぶこともあれば、純粋に交流によって学ばせていただくこともある。
ただしそれは、お互いが自分の門に真に誇りを持ち、お互いに尊重しあえればこそだ。
そこが武術の世界ならではの厳しさであり、懐の広さでもある。

かなり省略した内容ではあったが、これが自分の武術修行記である。

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