ノート

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自分が少林寺拳法や大東流合氣柔術を習っていた時には無かったのに、師父に教わり始めてから自然と習慣になったことがある。

それが「ノートに書く」ということだ。

誰かに言われた訳ではないし、それまでは特に必要性を感じたこともなかったが、気づけばいつのまにかそれが当たり前になっていた。

ノートの内容も、年を経るにしたがって変わっていく。

最初の頃と後半の頃では、書いてある内容や密度に雲泥の差がある。

ありがちであるが、初めの頃は見た目や形に関する表面的なことばかり書いていた。

それが、ノートも三冊目くらいになると書く内容も変わってくる。

例えば、師父とのマンツーマンで行われていた拝師弟子練習の様子というのは、まず最初に15分ほどザーッと講義を受けるのが常だ。

そのうち、いっぱいいっぱいになり「す、すみません。そろそろ限界です。ノート取っても良いですか?」と宣言して5〜10分ほどその場でノートにまとめる。

間に実技を交えながら、そんなことを2〜2回半ほど繰り返して、「やるべき事はわかったので、次まで練習しておきます」といって終わるのが、自分の拝師弟子時代の練習風景だった。

その頃のノートの特徴と言うのは、ポイントを抑えつつ簡単にまとめながらも、後から思い出し易いように工夫が感じられる。

内容自体、今、見直してもあらためて面白いと思うが、それでも現在の目から見るとやはり良い意味で月日の積み重ねを感じるものだ。

ここ何年かは、もうほとんど師父に教わる機会もなくなり、もっぱら教えることの方ばかりなわけだが、実は今もまだノートをとる習慣は今だに続いている。

というのも、前々回の「知命」の内容と被るのだが、自分の練習をしては気づきがあり、教室で教えていても気づきがある。

しばらくの間は、ノートを取る習慣は消えていたのだが、相模原の「白峰会」と愛知県の「宇童会」で、教えたことになるべく差がつかないようにと再びノートを取り始めてみると、普段の中にいかに多くの気づきや学びを得ているかと言うことにあらためて思い至ったのである。

今では、ノートを取ることはまず最初に自分の為以外、何ものでもない。なので、教室では生徒さんがメモを取っている横で、自分もまた教えながら、一生懸命メモを取っている姿が当たり前の風景になっている。(笑)

自分にとっては、教える事と学びを得ることには境目がなくなっている状態だ。あらゆる事がきっかけとなって、幾らでも気づきや学びは生まれてくる。

気づきや学びは、技の精度や深化に繋がり、套路はより理路整然と磨かれて深みを増していく。

それらをノートに記していくことは、喩えるならば壮大なパズルのピースを埋めていく作業のようだ。ピースが埋まっていくことで、徐々にまるで曼荼羅のような体系図が浮かび上がってくる。

太極拳も形意拳も八卦掌も、我々にとっては別物ではない。かと言って同じものでもない。内功武術という大きな曼荼羅の中で、それぞれの役目を持ちながら、それぞれに関係し合っている。

その中に「心、意、氣、力」「陰陽」「直と円と螺旋」等、色んな要素が意味を持って絶妙に配置されていることが、折に触れて見え隠れする。

ノート一つでもこんなにも面白い。我々の内功武術の味わいは、こうしたところにもあると思う。

蛇形

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記念すべき第一回の「精花太極拳 ソレイユの会」は、いつもの生徒さんが一人。それでも、初めに別の場所で教室を開いた時は、生徒さんがしばらく「0」人でしたから、一歩前進かもしれない。ありがたいことである。

教室の内容とは言えば、記念すべき精花太極拳専門クラスの第一回目でありながら、生徒さんが「精花太極拳のホームページに書いてあった、蛇(形意拳の蛇形)って、どんなのですか?」という質問から、蛇形の練習になってしまった。

ホームページに書いてあった蛇形とは、弟子が亡くなるほんの少し前に、歩行が困難になり始めた時のこと。歩くリハビリがてら六階の病棟内を散歩する時に、形意拳の蛇形でさりげなく練習したエピソードのことである。

「ああ、蛇?こんな感じだよ。」

質問されて嬉々として自分が無意識のうちに見せたのは…小さな歩幅でゆっくりゆっくり歩く姿だった。手だけが少し奇妙な動きに見えるだろう。

「こうすると、全く体に負担をかけずに歩けるんだよ。歩くときに筋肉がグッとくるのがないから、痛みを引き起こすこともないんだ」

そう言いながら、しばらく二人で練習していると生徒さんが何をどうやっているのかと、戸惑いの表情をしているのに気づいた。いけない、そう言えば本来の蛇形を見せていなかった!

本来の蛇形を見せたら、初めて生徒さんが「おおっ、これが蛇か」という表情をした。

「そう、この練習をしてたんだ。単に体を動かすのが目的じゃない。ちゃんと明日に繋がる、(技を)一歩前進する為の練習だったんだよ。」

自分のとっては弟子と一緒に散歩した時の蛇形が、自分の蛇になっていた事に笑ってしまった。

そして後になって泣けてきた。

あの時、自分と弟子が歩んでいた一歩は、こんなにも小さな小さな一歩だった。

でも、前を目指して歩んでいた。

「…最後は体が動かなくなって、片目しか残らなかった時…。それでも目に気持ちを込めるという我々の包拳礼をしていたんだよ。」

そんな話をした、第一回目の教室だった。

六合八法拳(精花太極拳の編纂過程〜番外編〜)

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自分は常々、たとえ著名な先生方と交流をさせていただいたとしても、極力、お名前はどこにも書かないようにしていた。
というのも、武術界では無名の自分がそうした先生方のお名前を出させていただくことは、「虎の威を借る狐」というか、分をわきまえない不相応な行為のような気がしていたのだ。

今回は「六合八法拳」のメインタイトルに、サブタイトルが「精花太極拳の編纂過程〜番外編〜」になっているわけだが、精花太極拳の編纂過程…というよりも、精花太極拳が生まれてきた過程でどうしても外せない方がいる。

それが一時、自分の兄弟子の存在でもあった「日本六合八法内家拳術會」の代表でもある市橋秀実先生である。(以下、普段呼んでいるように市橋さんと書かせていただくことと、この記事が市橋さんの許可を得たものである事を明記しておく)

諸処の事情により、市橋さんとはいつどこで兄弟弟子の関係にあったかを詳しく説明することは出来ないが、今も昔と変わらず交流は続いている。

ざっと経緯をたどると、市橋さんとは一旦、兄弟弟子の関係でなくなってしまった後も、「内功武術 豊松会」の主催者である故・豊増先生へのご挨拶も兼ねてよく道場で顔を合わせていたし、練習に参加させていただいたこともあった。

その後、市橋さんがめでたく「華獄希夷門」の正式門人となり、「日本六合八法内家拳術會」の代表となられた時も、お祝いがてら伺った際には、武術好きの血が騒いで色々と六合八法拳について質問させていただいたものである。(笑)

それがこのタイトルに繋がっていくのは、以前のブログ、「精花太極拳」の中で、

『癌で闘病中の弟子が悲しそうに言うには、点滴の針が刺さった腕で練習をしようとすると、双辺太極拳の最大の特徴でもある「螺旋」があるが為に、
「点滴の針が腕の中でよじれて痛い」

と言うのである。』

という話を書いた、その時の事である。

もちろんこの時に精花太極拳の発想すら影も形もなく、捻りがない拳法といって浮かんだのは、まさに第4の内家拳とも呼ばれる六合八法拳であった。

市橋さんにはその時、どの程度事情を説明したかはよく覚えていないが、快く六合八法のメイン套路とも言える「築基拳」を、諸処の事情を越えて自分に教え始めてくれたのである。

そして習いたての、まだやり始めたばかりも良いところの中途半端な套路を、病院の個室で、闘病中の弟子に嬉々としてやって見せた事を覚えている。

当時、まだ師範でもなく精花太極拳もなく…今と比べてしまうとまだまだ太極拳の知識が浅かった自分には、兄弟子の気持ちが、どんなに嬉しく心強かったかしれない。

だが結局は、弟子自身はほとんど築基拳をやる機会もなかったのだが…。

この頃のエピソードで、一つ深く印象に残ってる出来事がある。

それは、純粋な力の出し方を行う築基拳を初めて体験した時のこと。その後の飲み会で手が震えて箸を落としてしまうほど、身体の感覚が違ってしまっていたのである。

一番ショックだったのは、その時、八卦掌の「螺旋」だと思っていた感覚が、すっかり消え去ってしまったことだ。

以前のブログ「明鏡拳舎の八卦掌2」にあげた動画が今から7年前なので、それなりに出来ているように見えるその時の八卦掌の功夫ですら、実はまだまだ螺旋の理解も功夫も足りていなかったのである。

自分が八卦掌の「螺旋」をさらに研究するようになったのもこの事がきっかけなので、市橋さんには心の兄弟子として、色んな導きをいただいたと思えて感謝に堪えない。

もちろん、その後7年の間には様々な気づきもあったし、螺旋の意味も深まったと感じている。自分の八卦掌もまた、その時と同じところに留まってはいない。

話は逸れたが、弟子が亡くなったあとも、市橋さんは築基拳を最後まで誠意を持って教えてくださった。築基拳も長い套路なだけに、最後まで終えるのはその過程も含めて、やはり感慨深い。

ただ、六合八法としてはその解釈にカスタマイズされた形意拳や八卦掌、さらに三盤十二勢や呂紅八勢など、それ自体が練功でもあり変化・応用でもあるものをやらなければ六合八法の体系を学んだとは言えないことは自分自身がよく理解している。

だが、自分にはやはり自分の形意拳や八卦掌があり、ここから先は再び、それぞれの門でそれぞれの道を歩んでいく事になるだろう。

市橋さんもそうした事を全てわかった上で、貴重な時間を割いて伝えてくれた事は、本当に義侠心に溢れた姿だと思っている。

市橋さんは、今でも自分にとっては兄弟子のままだし、尊敬の念にやまない存在なのである。

…と、話はここで終わりではない。

次回は、「六合八法拳と精花太極拳」というタイトルで、今までとは違った内容から精花太極拳の編纂過程を紹介しようと思う。

精花太極拳の編纂過程その3

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精花太極拳における練習体系は、あえて
「書・剣・花・雲・鳥・風・地・天・人」
という日本人にイメージしやすく分かり易い言葉で、九つにまとめた。

これをさらに見やすく八卦掌の三回九転の考え方で並べ直すと、左上から、

書・剣・花
雲・鳥・風
地・天・人

となる。

そもそも練習体系は何のために存在するかと言えば、太極拳の理解を深めるため、太極拳的な考えを養うためであり、その為の方便が九つの段階練習ある。

もっと言ってしまえば、愉しみながら無理なく太極拳が出来て、なおかつ、わかりやすく面白さを感じながら理解が深まっていけば、それが良い。

精花太極拳には、自分の経験や学び得た全てを入れ込んであると書いたが、逆に言えば、それらをいかに伝えるべくして伝えるのか工夫してまとめたものが練習体系なのだ。

九つの文字には個々に学ぶべきテーマがあるが、初心者が順を追って学ぶには、例えば

書・剣・花(上下相随)
雲・鳥・風(下実上虚)
地・天・人(一動全動)

というように、大きく三段階のテーマにも分かれているし、また左側の縦の列に注目するとそこには、

書(精花太極拳を覚える)
雲(楊式太極拳との繋がりを学ぶ)
地(陳式太極拳や双辺太極拳の繋がりを学ぶ)

というテーマも含まれている。

単純に言えば、精花太極拳という一つの太極拳でありながら、テーマを変えることによって、我々の太極拳にとって重要な二つの門派の雰囲気を、あくまでも独自の解釈には過ぎないのだが、擬似体験できるようにも工夫してある。

ルーツを辿る過程とも言えるし、変化の意味を知る過程とも言える。

もっともその事に気付いたのは、ある意味、偶然と言おうか、偶然の必然と言おうか。それぞれのテーマで練習している時にふと「自分が何の太極拳を練っているのかわからなくなった」瞬間があった。逆に言えば、その瞬間は楊式にも陳式にも精花太極拳にも…いずれの太極拳にも自然に繋がって行く感じがした。その時、今までバラバラだった色んな事が全て繋がって感じられたのである。

他にも例えば、こんな捉え方もある。

書・剣・花
雲・鳥・風
地・天・人→力
↑ ↑ ↑
氣・意・心

これは縦に「氣・意・心」。九つ全体で「力」
当然の事ながら「心・意・氣・力」の、内三合の要素がテーマになる。

もちろん内三合は、常に出来ていないといけないものではあるのだが、それぞれをテーマにして行う事で、それぞれの働きや特徴をよりハッキリと認識する事が出来る。

というよりも…それ以前に、そうしたイメージや意識で行うことが、不思議としっくりくるように出来ているのだ。

等々…

これらは体系の説明の一部であるが、初めからこうしたものを作ろうと思って作り上げたわけではない。始めから作ろうと思ったら、何からどう取り掛かるかすら見えなかったに違いないだろう、

一つ一つ丁寧に愚直に模索していく中で、一つ一つ気づきを得ながら、ある所に至ると自然に次の門が開いていく、そんな感覚であった。

そうした末に出来上がったものを俯瞰して眺めてみると、「守破離」の末に、なぜ精花太極拳という「本」が必要だったかがわかる。

一つには、我が門の最大の特徴でもある三拳弊習だが、「太極拳・八卦掌・形意拳」の三拳を修めるのはとても大変なことだということは、自分自身が身に沁みて感じているからだ。

学び終えた末に自分の中に宿るものはとても素晴らしいものなのだが、そこに至るまでの道のりは当たり前だが長い。中には「天・地・人」に恵まれなければ、得られなかったと思われるものもある。

だからこそ集大成というものが必要で、そしてなお、振り返ってみればそこに至ってこそ新たな出発点なのである。

…ああ、そうだ。

つまりは、

「地(守)」「天(破)」「人(離)」

という事なのだ。

離こそは、人(個)としての出発点だ。

だからこそ精花太極拳という「本」が生まれた。

ならば…精花太極拳という独創的な体系の太極拳を、所詮は創作した太極拳と引け目に感じることはない。なぜなら、見た目や使う言葉は違っても、それは自分が身につけた三拳弊習の体系そのものだからだ。精花太極拳は、ただ「新しい套路を作った」に過ぎないのではない。

おそらくこうした変なこだわりを持って、こんなものを作ろうと思う人は少ないに違いない。自分もまた意図して作ろうとしたわけではなく、ふと気づいたら出来ていた。

「頭で考えて」というよりも、「心で感じながら」必要に応じて自然に生まれてきたもののよう思えて、だからこそ面白いし、精花太極拳と共に生きるのもまた自然だと思えるのである。

精花太極拳の編纂過程その2

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さて、前回その1は師父からのメールの内容は?というところで終わっているので、まずはそのメールの内容からである。
あらためて、そのメールをいただいたのは「守破離」を論じたブログを書いた時だ。抜粋にはなるが、以下に掲載したい。
なお、師父に代わってお断りしておくならば、その内容についてはあくまでも当門に伝わるものだということをご了承いただければと願う。

「ご存知の通り、これは日本発祥の道芸に関する考え方ですが、日本武道や日本文化を研究、あるいは留学によって吸収していた、国民党及び中央国術館の諸先生先輩の間で、様々な見解が交わされたものだ、と榮明先生から伺っていました。
その大筋は日本武道、茶道、その他芸道の様々な一般的な教えの紹介…これは特に新流派創造にとって実に都合のいい解釈として受け入れられていましたが、中には中国武術ならではの解釈を矜恃とする先生もおられ、陳泮嶺先生は正に、宇野さんとほぼ同じく、明暗化の三層之功夫を論じられたそうです。
ただし、本については、明暗化を経て自分が達した高みを説くに終わらず、次に伝えるべき基本こそを再構築せよ、基本を編み出してこそ指導者たりえるのであり、それなくば伝承は果たせぬ、との見解だったそうです。
榮明先生はその教えを受けてさらに、
守:まず我が身を守りきる
破:敵の技を破り敵を破る
離:攻守勝負を離れた境地
本:守破離から産む基本
とも解され、
その上で、わかりやすく初学者向けに用意するカリキュラムとして、
守:太極拳
破:形意拳
離:八卦掌
本:基本功(常に)
の順に教えるのだ、という考え方を、ある時期しきりに説かれていましたが、極峰拳社を作ってからは、むしろその手順にとらわれるなと、よく仰っていました。」

これが師父からいただいたメールの抜粋である。

最近あらためて拝読して、自分が精花太極拳を編纂したのは、このような意味があったのだと気付かされた次第だ。

精花太極拳とその練習段階には、まさに自分が今までに学んだ教えや研鑽した結果を全て注ぎ込んでいる。その中には介護の経験すら含まれており、まさに現段階での集大成だ。その上で、誰もが取り組みやすいようにと編纂を心掛けた。

つまりは精花太極拳は、その基本功や練習体系を含めて、全てが「次へ伝える基本」。即ち「本」なのだ。

さらに自分はブログ「守破離」の中でさらに自分はこうも書いている。

「自分が教える太極拳とは、
師父が教えてくれた太極拳でありながら、
師父の太極拳ではなく自分の太極拳であり、
ではその自分の太極拳はと言えば、
自分の太極拳などというものはなく、
ただ「太極拳」なのである。」

と。

まさかこの時は精花太極拳を自分で生み出そうなどとは露にも思わず、単に細かい枝葉の違いという意味くらいにしか考えていなかった。

だが、双辺太極拳から精花太極拳が生まれた後であっても、この言葉が変わる事はないし、むしろその意味は深まっている。そう、前半の3行については、この言葉通りだ。

それよりも、後半の『自分の太極拳などというものはなく、ただ「太極拳」なのである。』とは、あらためて当時は(と言ってもわずか3〜4年前なのに)随分と世間知らずで恥ずかしい事を書いたものだなぁとも思う。だが、道を歩んで行くのならこのくらいの気概を持っても構わないとも感じるし、まだまだたくさんの恥ずかしい思いをするだろう。

だが、それ以上に太極拳や武術が与えてくれる学びは、面白いし素晴らしい!それに尽きる。精花太極拳を編纂する過程で、もっとも感じたのはその事である。いわば、先師が通った道を、自分も追体験したのだ。それはあらゆる原点のようにも感じる。

ただ「太極拳」と言えるもの。それを追求していくのは、まさにこれからだ。

ちなみにいただいたこのメールの後には、師父自身の考察や気づきが綴られていたのであるが、それは是非自分の兄弟弟子が自らの力で、自らの行動を通して師父から引き出していただきたいものである。

なぜなら師父の考察は、自分で師父から学び得てこそ、価値のある内容だからだ。

そして自分の学生や拝師弟子には、こうしたやり取りの中に、師弟というものの気迫を感じ取って欲しいものである。

精花太極拳の編纂過程というタイトルを付けておきながら、過程というよりも総論になってしまった。

次回、段階練習が生まれていく過程も含めて、体系としてまとまっていく様子を、なんとなく記録的な意味合いで残しておきたいと思う。

精花太極拳の編纂過程その1

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精花太極拳が生まれる前。
普段、自分が指導しながら、言っていて辛くなる言葉があった。

「無理に足を上げなくていいですからね。出来る範囲で」
「この動きは必ずしも脚を手で叩かなくていいですから、かわりに膝を打つ感じで」

など、すでに足腰の弱っている方に、自分がしている動きと同じ事を要求できない時の言葉である。
低い姿勢などもそうだが、ある意味「妥協している」と生徒に感じさせてしまう言葉。
それが辛いというか、悔しいのである。

まっさらな気持ちで太極拳を習いに来ている生徒さんがそう言われてやるのは、どこかで気持ちが傷ついているはずだ。やっていることは変わらないと理屈では理解しながらも、大なり小なり「自分は先生がやっているような本来の太極拳を身につけることは出来ないのだ」というような気持ちが燻り続けるに違いない。

ほとんどの太極拳は老若男女が無理なく出来ると謳っている。
確かにその言葉通り。足を高くなど挙げなくとも太極拳だ。

むしろ、テレビや雑誌で見るような足を高く上げる姿勢は、大抵が競技ルールに沿った目的の筋肉の使い方や体使いをしているのであって、我が門においては太極拳の本質にかかわるものではないと教えているし、そもそも挙げる足の高さを目的とした体使いを要求することはない。

だが、そんな我が門の高く足を挙げるのが目的ではないほどの高さですら、ある時から末期の癌で身体が弱っていた弟子にはそれが出来なくなってしまった。思いの他早い段階で、いわゆる先ほどの「妥協を感じさせるようなやり方」でしか出来なくなってしまったのだ。頭ではわかっていたつもりでも、そんな自分の不甲斐なさにはきっと涙したことだろう。

いや、弟子でなくとも身体が弱ってきていると感じる人こそ健康のために太極拳をやるべきなのに、そういう人が希望を胸に門を叩いた時、先生が足を高く挙げたり低く体を沈めているのを見たらどう思うだろう?そういう人達は妥協した形でやるしかないのだろうか?

このようなことを書くと考え過ぎと思われる方も多いだろうが、自分は純粋に、体の弱っていた弟子が「一切の妥協のない太極拳を練習している」と思えるような、そんな喜びを感じられるような太極拳を作りたかったのである。

だからこそ、出来るだけ多くの人が、老いや病を理由に「妥協したものをやっている」という思いをしないですむ太極拳を編纂したかった。

だからと言って、底が浅く、雙邊太極拳ががあるのだから別にやらなくてもいいやと思うようなものにもしたくなかった。

より万人向けでありながら、初心者から上級者まで取り組み甲斐があり、なおかつ美しい太極拳を作りたかった。

これらが精花太極拳を編纂する過程で、常に想い続けていたことである。

「本当は中国発祥のものなのに日本人が勝手に作り変えるのはどうか?」と思う人もいるだろうが、そう思われるのは正直仕方がないと思っている。たぶん中国と日本のどちらにも、そう考える人は少なくないだろう。

それでも、自分自身で再編纂したことを隠しもしなければ、逆に自慢するつもりもない。

ただ、縁あってこの精花太極拳に触れた方が、ヨタヨタ歩きだったものがしっかり歩けるようになったことが嬉しい。面白いと言って続けてくれているのが嬉しい。そうした喜びがあるのが一番だ。

また、再編纂を通して、自分自身の太極拳への理解も深まったこと。たくさんの気づきがあったこと。
それもかなり大きな収穫だ。

太極拳は、「連、圏、転、分…」といった十段階とも十二段階とも、またそれ以上とも言われる段階練習を経て身につけていくものだが、それもまたどうせやるならとことんまでということで、思いっきり自分の生徒達に親しみやすく分かり易い言葉と形に、様々な工夫を凝らしながら体系ごと再構築した。

その新しいのが、

「書、剣、花、雲、鳥、風、地、天、人」

この九段階には、我が門の形意拳の教えや、八卦掌の三回九転の発想やストーリー的な要素も取り入れている。

以前「守・破・離」のブログを書いたときに師父からメールをいただき、「守破離と本」ということについて貴重なお話をいただいた。
最近、その内容を読み返したところ、新たに体系まで含めて再構築したことの意味が、何故その必要があったのかがそこに記されていたことに気づき、感慨を新たにした。

また、守破離のブログの中でも自分自身が語っていた言葉が、こんな風に繋がってくるとは思ってもいなかった。

自分にとっての「本」。
三拳弊習の武術としての「本」。

それが精花太極拳だったのだ。

「本」とはなにか?
師父からのメールの内容は?

そんなことも含めて続きは次回に。

明鏡拳舎の八卦掌2

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前回のブログ「拳と掌の性質について」では八卦掌の質問がきっかけでありながら、肝心の八卦掌のことをあまり書けなかったので、別の視点から八卦掌について紹介してみたいと思う。

下の動画は今からもう7年近くも前のものになるが、八卦掌の技の一つである。

本来は一手目を受けてすぐに脇の下に点穴(急所を指で突く)を入れるのだが、撮影で気が急いてしまって、ウッカリ飛ばしてしまっているのも懐かしい。

この技の解説であるが、ポイントは顔に来たパンチを相手から遠ざかって避けたかと思いきや、次の一瞬の反転で相手の背中側に肘が決まる、と言うところにある。

さらに相手は後ろから背中を打たれたかと思うと、見えないところから手が首あたりにかかって、前から投げが入る。

この投げは動画では判り辛いかもしれないが、最後の投げは柔道のように手で首に巻きついたり足を引っ掛けて投げるのがメインではなく、実際には套路のように形が出来上がる過程で技が掛かっている。投げる瞬間には一瞬、力を入れて手で担いでいるように見えるかもしれないが、相手を怪我させないように受け身を取りやすくコントロールしているが故である。

この技は相手からすれば、(きちんと点穴も決まってる場合)前から攻撃を受けたかと思いきや背中を打たれて、また前から投げられるのだから、前後の感覚が狂って実に目まぐるしく感じるであろう。

この一手の中には点・打・投とバリエーションに富んだ攻撃が含まれており、螺旋と八角形の角度・八卦の方向が密接に組み合わさることで、思いもよらぬ技を生む。

こんな技が成り立つ角度と間合いの妙こそが、自分にとっての八卦掌らしさだと思う。

こうした特長をもった技に、前回の動画にある「重いサンドバッグが縦に浮き上がるような掌打」が加わって、我々の八卦掌は構成されているのである。

もちろん前回の動画は形意拳の劈拳であるので、同じような掌打でも八卦掌的に展開されることで性質はさらに変化するし、使い方にもやや特徴がある。

いっそのこと「これが明鏡拳舎の八卦掌なのだ!」と、もっと動画を出せば分かり易いのかもしれないが、さすがにそれは色々な意味で難しい。だが、逆に数少ない動画の中に、何か独特の雰囲気を感じてもらえると、「なるほど、こだわりを持って八卦掌をやっているのだな」と多少は思ってもらえるかもしれない。(笑)

このような技術をいかに構築し、展開していくか。

また、その原理・原則となるものは何か。

それが八卦掌の套路の中に凝縮されているのである。

そのような訳で、今一度前回のブログの冒頭の質問だった「八卦掌は、なぜ拳ではなく、わざわざ掌で打つのですか?」という問いに答えを付け加えるならば、「掌打の質の違いの他にも、実際には八卦掌は肘もよく使いますし、掌も打つだけでなく投げにも応用しやすい利点があります」となるだろうか。

さらに掘り下げるなら「拳を使わないというより八卦掌の動きや戦い方に拳で打つ動きは合わないし、それでもあえて拳を使うなら形意拳に変化した方が良い」とも言える。

というより、我々は三拳弊習なので「形意拳がある」のだ。

しかも三拳弊習の八卦掌と形意拳だからこそ、両者の間はスムーズにシフトする。ならばこそ拳を使いたい場合はむしろ形意拳を使う方が我々的には自然なのである。

これは他の八卦掌の流派からするとやや狡い物言いかも知れないが(笑)、そうしたところがまた良くも悪しくも三拳弊習なのである。

拳と掌の性質について

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「八卦掌は、なぜ拳ではなく、わざわざ掌で打つのですか?」と尋ねられたことがある。
その言葉には、真意として「掌よりも拳の方が威力があるように思うのだが」というニュアンスを含んでいるように感じられた。

その時に尋ねてきたのは他派の生徒さんだった事と、自分の流派の武術について色々実演しながら説明等できるような環境ではなかったので、当たり障りのない返答をしたのみであったが、そもそも掌打の威力や性質について共通の認識やイメージがなければ、何を説明しても噛み合うものではないのである。

ということで、八卦掌ではないのだが同じく掌で打つ形意拳の劈拳による掌打は、我々の場合は下の動画のようになる。

劈拳_試打(内功武術 明鏡拳舎)

状況によって力の伝え方にはいくつかのバリエーションもあるが、この動画で説明したいのは「性質」の違いである。

打っている姿の見た目には力強さを感じないが、それでもこの動画をよく見ると、掌打の瞬間には重いサンドバッグが土台ごと斜め上方向に浮き上がっているのがわかる。

掌打を使うのもこうした性質の衝撃があってこそであり、単に「拳」を「掌」に置き換えて使っているのではなく、掌打ならではの性質をいろんな方向に活かしているのが八卦掌や形意拳の劈拳なのである。

つまりは門派ならではの独特の動きと理論と活用法があっての掌打ということになる。

ついでに、独特の動きと理論ということで言えば、拳においても同様である。
我々の順突き、つまり順歩崩拳なら下の動画のような具合である。

崩拳 試打(内功武術 明鏡拳舎)

これは一見して普通のパンチとの見た目の違いから、巷で言うワンインチ・パンチや寸勁のようなものと思って比較しようとする方もいるかもしれないが、我々にとってはあくまで順歩崩拳という形意拳の基本的な突きの技術の一つであり、ことさらに距離の短さと威力の関係を突き詰めようとするものではない。

崩拳の動画もまたよく見ると、サンドバッグは真っ直ぐ向こうへ押されているのではなく、劈拳と同じように斜め上方向に跳ね上がっているのがわかる。

そして、腕の角度とサンドバッグが跳ね上がる方向は微妙に一致してるわけではなく、サンドバッグは手に吸い付いたように劈拳とほぼ同じ方向へと跳ね上がっていく。

劈拳だけだとよくわからないが、こうして劈拳と崩拳を一緒に比べてみると、共に普通の打撃の現象とは違って見えるところがより際立つ。それは、そのまま一般的な突きや掌打の概念とは違う理論で成り立っていることを示唆しているのである。

ちなみに、なぜ八卦掌でなく形意拳の動画なのか?ということについては、八卦掌の掌打はサンドバッグだと特徴が表れにくいので、色々と見た目に分かり易い形意拳の掌打にした次第だ。

掌打も拳による突きも言葉の意味こそ共通してはいるが、門派によってその理論や性質は大きく異なっているし、それを実際に見たり体験したりしなければなかなかわかりえないのだということを、あらためて記しておきたい。

なので一般の格闘技などのイメージで突きや掌打を語ると必ずと言って良いほど誤解も生まれ、突きや掌打の練習方法等も一致するものではないのは当然なので、特に自分の生徒さん達にはその辺を熟知しておいていただきたいものである。もっとも、最近行った合宿に参加された生徒さんは、その片鱗を愉しく味わったことであろうが。(笑)

おそらく、他派で同じく形意拳を学んでいる方の中でも打撃の性質の違いを感じる方もいらっしゃるだろうし、もちろん自分の生徒さんの中には、他派の形意拳に違いを感じる方もいるに違いない。

だがそれは我々の形意拳は八卦掌が混じっている事や、陽の性質よりは陰の性質に近い為であり、どちらが良い悪いではないということ。

大切なのは、自分達の形意拳や八卦掌の「性質を熟知し、使い熟す」ということである。

精花扇

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明鏡拳舎のホームページには、太極拳の項目に精花太極拳に並んで、「精花扇」というものがある。

この精花扇とは何ぞや??という話であるが、例えば、我が門には「握拳で行う双辺太極拳」や、「紙風船を手に持って行う双辺太極拳」があるが、ざっくり言ってしまえば「扇を持って行う精花太極拳」が精花扇だ。

例えば「握拳で行う双辺太極拳」を例にとると、全て握拳で太極拳を行っても問題なくシックリくるのは形意拳が融合している双辺太極拳ならではだろう。それゆえ、たったそれだけのことで様々な気づきが得られるわけだが、同様に、ただ扇を持って太極拳をするだけというにもかかわらず、様々な効果を得られるのが精花太極拳の精花扇と言える。

扇を使って太極拳をしようと思ったのには、幾つかの理由が存在する。

一つには、自分は師父より常々、この武術は武器術が根本にあることを学んできていたし、自分もまたその教えを身体に通しながら「まさにその通りだ」と思いながら学んできた。

ところが現代の日本においては、武器は手に入れづらいだけでなく、例え手に入れてもなかなか練習場所がないという残念な状況にある。

武器を練習した方が良いことにはこれまた幾つかの理由があるが、その大きな理由の一つには、武器を操る時の機能的な身体操作を身につけるという事があげられる。

棍、刀、槍、剣と、どれもこれも太極拳や形意拳、八卦掌とは切っても切れないものだし、これはそれこそ経験した者だけが実感できるものだ。だからこそ、それを伝えたいとは思っても、残念ながら現代社会においてはそれらはおよそ不必要なものであり、というよりもむしろ危険視されていて、実際に学ぶ機会を得るには幾つもの障害がある。

そういう状況で生徒にどこまで教える事が出来るか?という行き詰まりが、ある意味、精花扇の様な奇手を生み出したのかもしれない。

もちろん、武術において扇を使うのは我々だけではないし、 むしろ扇を使う事で言えばはるか後から追随している格好になる。

だが、そうであるが故に扇の使い方はあくまで独自の考え方で行なっていると言えるだろう。

例えば簡化24式がベースとなる太極扇では、扇を使った独自の技法が随所に入っているが、正直言って自分がやりたいとイメージしていた事とは、方向性が全く違っていた。

それに対して精花扇はある意味、その名の通り扇を持って精花太極拳を行うだけのものと言って良い。

だが、「ただ、それだけ」が良いのだ。

なぜ、ただ扇を持って套路を行うだけが良い練習になると思ったか?そのきっかけは、率直に言ってただの直感だった。

「シンプルな動作の精花太極拳に扇の動きはきっと合うだろう。扇の種類は中国の武術用のものではなく、小用先生が採用しているような日本舞踊で使っている舞扇が良い。」

そんな考えがなんとはなしに浮かんだ。

当然の成り行きとしてどうしても試してみたくなり、いざっ舞扇を手に入れて試してみると、果たして予想以上の感触に心がワクワクするのを感じた。

「扇で風を受けたり捉えたりするのは、ポンとの陰陽の関係に近しい。」

「扇を開いた状態は、刀の反りに通ずるだけでなく、ほんの少しだが螺旋がある。(鴛鴦鉞のような武器に感じる違和感がない!)」

「色々と道具を工夫して活用するのは、我々の武術の特徴であり、伝統でもある。実際、レンガや紙風船を使った練功まで存在するではないか。」

「日本舞踊における扇は、時に風に舞う花びらに、時に刀剣にもなるが、逆に我々にとっては扇は武器の感覚そのものである」(この感覚は、後にある体験をする事でもっと深いものであったことに気づくのだが、それはまた別の機会に)

「武器術の感覚を得るのは重要だが、武器は手に入れにくく、仮に手に入ったとしても練習する場所が限られる。一方、扇は手に入れ易く練習もしやすい。」

「日本の舞扇は作りもしっかりしていて、良い武器を手に入れたのと同じような感覚がある上に、武器に比べるとはるかに安い。」

等々、その良さがどんどん言葉となって出てくるのだ。

実際に套路に扇の動きをつける過程においては、解釈によって扇の動きは様々に変化する。その中で、どの解釈による動きを採用するかは技についての考察を深めることにも繋がった。

精花扇によって得られる効用は本当に様々だ。

これは「太極拳」と「日本の扇」という異文化が出会って生まれた新しい可能性なのだとも言えるし、様々な偶然や工夫が積み重なった結果でなければおそらく成立しなかっただろう。

実際、双辺太極拳のままで扇は軌道が複雑すぎるし、精花太極拳だからこそ成立するのだという事は、実際にやってみるとすぐに知ることが出来る。

では、精花と双辺は別物かというとそうではない。

精花は双辺太極拳を再編纂したものなのだから当然だろうと言われればそうなのだが、そう言い切れるようになるまでは、かなりの試行錯誤があったわけで、振り返ってみればいつの間にかずいぶん時間か経ってしまったものである。

だが、此処に至る過程で、体系的にはかなり整理されてきた実感もあり、それらについてはまた機会を見ながら語っていきたいと思う。

精花太極拳

標準

二つの太極拳」で初めて話に触れた精花太極拳だが、現状の明鏡拳舎においては、すっかりなくてはならない存在になりつつある。

ホームページの太極拳の項目には、精花太極拳の紹介文として「精花太極拳が生まれた背景には、癌で亡くなった私の一番弟子が闘病の中で共に練習していた時の様々な経験が根本にあり」という文章を載せているが、あらためて、そうした経験がなければなぜ大切な双辺太極拳を再編纂しようなどと思うだろうか。

今更ながら、「双辺太極拳から八卦掌や形意拳の要素を抜いたら?」という発想に至ったのには訳があった。

それはまだ開門弟子が闘病中だった時のこと。癌で闘病中の弟子が悲しそうに言うには、点滴の針が刺さった腕で練習をしようとすると、双辺太極拳の最大の特徴でもある「螺旋」があるが為に、

「点滴の針が腕の中でよじれて痛い」

と言うのである。

そもそも点滴の針が刺さった状態で練習しようということに無理や限界があるのかもしれない。

だが自分がこの言葉を聞いた時、どんなに悔しく愕然としたことだろう。この時の自分には、弟子の真摯な気持ちに答える言葉がなかった。

弟子が亡くなったあともずっとその言葉が頭を離れることはなかったし、この言葉こそが精花太極拳を生んだと言っても過言ではない。

だからこそ、自分にとって精花太極拳の前で言い訳は出来ない。老、病、障がい。どんな壁があろうとも、弟子の頑張っている姿が瞼に焼き付いている限り、あらゆる工夫をしながらでも我々の太極拳の愉しさや素晴らしさを育んでいきたいという想いがある。

一方で、もう一つ発見もある。

その後、精花太極拳を研究していくうちには消したはずの螺旋が全く消えたわけではなく、今までと違う形で入り込んでいるのだというのがわかってきた。八卦掌も形意拳も同様に、気づかないうちに別の姿に変わっていつのまにか緩やかに溶け込んでいることに気づく。

やはり、双辺太極拳は双辺太極拳なのだ。

双辺太極拳から精花太極拳を再編したことの意味とは、原理原則を現実の場で活かすということ。それもまた一つの「応用」だ。双辺太極拳は武術的な視点においても応用が多彩であればこそ、体の弱っていた弟子の為に双辺太極拳を応用したものなのだと捉えると本質が見えてくる。

それによって、精花太極拳を練ることで不思議と八卦掌にも形意拳にも良い影響が現れることの理由も見えてきた。何より双辺太極拳もまた、精花太極拳を身体に通した後は動きが変わるのを如実に実感する。これは全く予想もしなかった角度からの深化だった。

しかしそれもまた「真摯に歩んで行けば自然と今の自分が乗り越えるべき課題が現れる」という事と、その結果であろう。

自分にとってはまさにそうした存在であるように思えるし、生徒達にとってもまた必要があって生まれたものなのだということも実感している。

武術の道を歩んでいくという縦の糸と、その過程での出会いや関わりといった横の糸とが複雑に折り重なって編まれた太極拳。おそらく他人には興味を持たれることもないだろうが、我々にとっては内功武術という大きな模様の中に描かれた大切な一部だ。